原稿の売り込みを始めたジョー

コンコードの実家にいた時から、自分の書くものでささやかに原稿料を得ていたジョー。滞在先のニューヨークで、より野心的になります。

彼女はお金というものは
力を授けるものだと知った。

そこで彼女はお金と力とを
得ようと決心した。

ジョーのとった行動は、とても思い切ったものでした。彼女はより売れそうな「通俗小説」を書き始め、ひとりで売り込みを始めます。

彼女はこっそり
「スリラー小説」を
こしらえあげて、


大胆にも
「週刊火山(ヴォルケーノ)」の
編集長、
ダッシュウード氏のところへ
自身で持ち込んだのである。


1868年のニューヨーク
『若草物語』が書かれた1868年当時のNYの出版街。ジョーが原稿を持ち込んだのもこのエリア?(NY公共図書館蔵)

作家になりたいジョーの勇気

緊張して編集社に向かったジョーは、「自分は興奮もしていなければ、おどおどもしていないのだと無理に思い込む」ようにがんばっています。

「友だちの小説を持ってきた」とウソをつくジョーに対し、 編集長のダッシュウード氏は、関心を示さないまま、原稿を置いていくように指示します。

不本意だったジョーですが、従うしかありません。

…そこにいた男どもが
わざとらしく交わした
目くばせを見れば、

自分が「お友だち」などと
いった小さな嘘が

見破られてしまったことは
明らかだったからである。

男ばかりの職場はさらに、売り込みにきた若い女性に対して無神経です。

おまけに編集長が
ドアをしめるやいなや、

きこえはしなかったが、
なにか言ったのにつづいて、

どっと笑い声がしたので、
彼女の敗北感は頂点に達した。


小説の売り込みに単身乗り込んで、くやしい思いをしているジョー、その姿を見ていると「恋愛や結婚に関心がない」と言ったことが、強がりのポーズでないことがわかります。

男性本位の19世紀では、女性はコルセットでウエストを締め付け、すぐ気絶するような「か弱さ」が良しとされていました。

1868年のパリファッション2月頃(NY図書館)
『若草物語』が出版された1868年のパリファッション(ニューヨーク公共図書館蔵)

しかしこの時期のジョーは、本当に作家になりたかった、だから当時の女性としては、そうとう大胆なアクションを起こしています。

女流作家(小)?
今は作家になるのに夢中の日々、ただあまり視野が狭くなると…(NY公共図書館蔵)

勇気をふるった甲斐なく、男性編集者たちに適当にあしらわれて下宿に戻ったジョーですが、すぐに立ち直ったようです。

一、二時間も
経つころには、
気持ちもしずまって、

さっきの場面を
思い出しては、
われながらおかしくなり、

来週を待てるような
気持ちになれたのである。


マーチ家の姉妹は切り替えが早くてポジティブ、自分の客観視も出来る強みがあります。

彼女もまた最後には、エイミー同様、幸運を手に入れる素質がありそうです。

※小説の引用は『続若草物語』角川文庫 2008年 吉田勝江氏の訳からです。



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